私はあのバーで彼に再会した。50代に差し掛かった今となって言えるのは、結婚を選ばなかったというより、選ぶことができなかったのかもしれないということだ。
あの頃は、「自分らしさ」を貫くことが正義だと信じていた。恋愛は自由で、結婚は何かを犠牲にするものだと勝手に決めつけていた。でも、彼に再び会ったとき、不意に心の奥で燻っていた感情が燃え上がった。
「久しぶりだね。」彼の声で、時間が巻き戻るようだった。変わらない優しさのその声に、過去の記憶が押し寄せる。彼は変わっていなかった。同じ笑顔、同じ視線。だけど、左手には結婚指輪がある。彼が選んだ人生がそこにあった。
ワイングラスに口をつけながら、私の心は揺れていた。もう、恋愛なんてしないと決めていたんだ。結婚しないと決めたのだって、誰にも縛られたくない自分の選択だった。なのに、どうしてこの胸の中にあるこの感情は、止められないんだろう。
「どうして今まで連絡くれなかったの?」思わず尋ねていた。感情的になりたくないはずなのに、言葉が溢れ出してしまう。彼は少しだけ困った顔をして視線をそらした。
「連絡してはいけないと思った。君は自由が好きだったし、僕にも新しい生活が始まっていたから。でも、君のことは忘れたことはないよ。」
その言葉に、深く胸を貫かれた。自由が好きだった。確かにそうだ。でも、もし彼がもう一歩踏み込んできていたら、私は何か違う答えを出していたかもしれない。そう思うと、全てが今さら過ぎて悲しくなる。
「君はどう?幸せ?」彼の問いに、一瞬だけ答えるのをためらった。何をもって「幸せ」と答えるべきなのだろう。結婚していない私は、自分の選択を誇りに思う反面、孤独にも慣れてしまっていた。
「私は…まあ、それなりに。」曖昧な答えを返すのがやっとだった。この状況で、後悔の一言でも口にすれば、最後の矜持まで失ってしまいそうだった。
時間が過ぎ、彼は席を立った。「また、どこかで。」という彼の言葉に、私は頷きしかできなかった。その背中を見送りながら、本当に「また」が来ても良いのか、自分の中で問わずにはいられなかった。
50代で独り身。それが自分で選び取ったものなのか、それとも選び損ねたものか。答えは未だにわからない。ただ、あの夜のバーでの出来事は、私の心に新たな問いを投げかけ続ける。果たして、私はこの人生に満足しているのだろうか?それとも彼といた未来を、まだ夢見ているのだろうか?
彼が去った後、私は少しだけバーの席に留まっていた。静かな音楽が流れる中、ワイングラスの底に揺れる赤い液体をぼんやりと見つめる。ほんの一瞬、彼と過ごした日々が鮮やかに頭の中を駆け巡った。あれは本当に愛だったのだろうか?それとも、若さゆえの錯覚だったのだろうか?
ふと、指輪をはめた彼の左手が脳裏に浮かぶ。あの指輪は、彼が選んだ今の人生を象徴している。私はその輪の中に入ることは決してできない。そう分かりきっているはずなのに、心のどこかがズキリと痛む。彼がまた私を選んでくれる世界が、どこかに存在していたのだろうかと、愚かにも考えてしまう。
「すみません、お会計を。」私は静かに店員に声をかけ、席を立った。この感情を引きずってはいけない。この瞬間に区切りをつけないと、また過去に囚われてしまう気がした。
恋愛マンガは、主に恋愛をテーマにした漫画作品で、登場人物たちの感情や関係性の変化を描いています。
https://www.amazon.co.jp/shop/influencer-316d999d/list/3319N66FHBA4E
コメント
コメントを投稿